■ 公 演 概 要

公 演 日

2016年3月1日(火) 20:00開演  (19:30開場)

出 演

市川海老蔵
片山九郎右衛門、梅若紀彰、観世喜正
茂山逸平
亀井忠雄、亀井広忠

会 場

Stern Auditorium / Perelman Stage at Carnegie Hall

57th and Seventh, NEW YORK, NY 10019

TEL (米国)+1(212)-247-7800

交 通 機 関

地下鉄 N, Q, R ライン 「57th Street」

主 催

3Top

企 画 ・ 制 作

GRAND JAPAN THEATER 実行委員会

後 援

国際交流基金

協 力

松竹株式会社

 

■ プレイガイド

チケット料金

SS/$500、 S/$300、 A/$200、 B/$100、 C/$ 50

 

問い合わせ

Zen-A(ゼンエイ)
TEL:03-3538-2300 (平日11時〜19時)

メールでのお問い合わせはこちらまで

 

市川海老蔵

市川宗家の家の芸である「歌舞伎十八番」への並々ならない意欲を持ち、その気迫ある芸、風貌、体格、声はときに超人的なオーラを発する。
2003年にはNHK 大河ドラマ「武蔵MUSASHI」の主役を勤め、2011年公開の主演映画「一命」はフランスカンヌ映画祭にノミネートされた。ドラマや映画、そしてパリ・オペラ座をはじめとする海外歌舞伎公演などにも積極的に取り組み、その活動範囲は幅広い。歌舞伎役者としての、さらなる飛躍が期待されている。

 

 

片山九郎右衛門

1964年片山幽雪(九世片山九郎右衛門)の長男として生まれる。姉は京舞井上流五世家元井上八千代。幼少より父に師事し、長じて八世観世銕之亟に教えを受ける。片山定期能楽会を主宰。
京都府文化賞奨励賞、京都市芸術新人賞、文化庁芸術祭新人賞、日本伝統文化振興財団賞、京都府文化賞功労賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。重要無形文化財(総合指定)保持者。公益社団法人京都観世会会長、公益財団法人片山家能楽・京舞保存財団理事長。

 

 

梅若紀彰

五百有余年の伝統を誇る能楽観世流梅若家の中において1956年9月18日、故五十五世梅若六郎の孫として生まれる。祖父ならびに現当主五十六世梅若六郎玄祥に師事。
1960年「鞍馬天狗」の子方にて初舞台。1968年「小袖曾我」にて初シテを勤める。
1982年「梅栄会」を創立。多数の会員を指導すると共に多くの演能活動を行っている。2010年12月二代梅若紀彰を襲名。能楽協会会員、重要無形文化財総合指定、梅若能楽学院理事。

 

 

観世喜正

1970年、三世・観世喜之の長男として東京に生まれる。2歳半にて初舞台。「のうのう能」「喜正の会」を主宰し、能楽「神遊」、「能の旅人」同人として多くの公演を手掛ける。東京神楽坂の矢来能楽堂を中心に、全国各地での公演に多数出演する他、普及活動や講演も多く行う。
慶應義塾大学法学部卒。公益社団法人観世九皐会理事。公益社団法人能楽協会理事。法政大学大学院、皇學館大学講師。シンガポールI・T・I演劇学校講師。重要無形文化財総合指定保持者。

 

 

茂山逸平

4歳の時『業平餅』の童にて初舞台。その後『千歳』『三番三』『釣狐』『花子』を披く。
アメリカ、スペイン、イタリア、フランス等の海外公演にも参加。
その一方で、東映映画「将軍家光の乱心・激突」やNHK朝の連続テレビ小説「カーネーション」「オードリー」「ごちそうさん」他、舞台・CMと数々出演。
また兄宗彦と共に、新作二人芝居 <宗彦、逸平のThat’s Entertainment「おそれいります、シェイクスピアさん」> に挑戦するなど幅広く活躍する。
また狂言ユニット「HANAGATA」を正邦、宗彦、茂、童司と共に主催。
企画製作そして出演までを自分たちでおこなう「HANAGATA」を通し、狂言の魅力を存分に味わっていただき、自らの芸を磨くことを目的としている。
2006年秋から1年間文化庁新進芸術家海外派遣研修生としてフランスに留学した。
2011年京都市芸術新人賞受賞。

 

亀井忠雄

1941(昭和16)年生まれ。能楽師葛野流大鼓方宗家。父・亀井俊雄(人間国宝)および川崎九淵、吉見嘉樹に師事。1949年、7歳の時『熊野』で初舞台、『翁』を披く。
1964年、日本大学芸術学部を卒業。2002年、重要無形文化財として各個認定(人間国宝)をうける。文字通り能楽界最高峰の大鼓方として活躍を続けている。
2004年紫綬褒章受章。新宿区名誉区民。2012(平成24)年、春の叙勲に於いて旭日小綬章受章。

 

 

 

■ 演目解説

1.狂言

"三番三"

能の中で最も重要視される『翁』。演者は神と同一視され、天下泰平、国土安穏を記念する神聖な儀式的要素が濃く、格別な曲と位置付け られているこの作品の内、狂言方が演じるのが『三番叟』の舞は華やかな躍動感あふれる囃子の演奏の中、足拍子を踏み鳴らして舞う「揉の段」から始まります。この舞の中で見せる「烏飛び」という跳躍はみどころのひとつ。これに続いて「黒色尉」の面をつけ、鈴を振りながら寿福を祈念する「鈴の段」を舞います。足拍子を踏み、鈴を振りながらみせる飄逸な舞は、種まきの様子を表しているといわれていま す。

2.能

"土蜘蛛"

典薬頭からの薬を 携えた胡蝶という侍女が病床にある源頼光を見舞い、病のために気弱になった頼光を慰めて立ち去ります。そこへ素性の知れぬ僧侶が現 れ、「我が背子が来べき宵なりささがにの、蜘蛛の振舞いかねてしるしも」という古歌を詠じると、突然、蜘蛛の糸を投げかけます。頼光は太刀を抜いてこれに斬りかかりますが、僧の姿を借りた化け物は姿を消します。頼光は従者と共に流れた血を辿って化生の棲家である古塚へ至ります。そして、姿を現した土蜘蛛の精と激しく戦い、ついにはこれを退治するのでした。
源頼光の妖怪退治に取材した華やかな舞台をお楽しみください。

3.歌舞伎

"春興鏡獅子"

新年を迎えた江戸 城本丸御殿では、恒例の行事である御鏡曳きが執り行われています。そうした中、女小姓の弥生が、将軍の所望に従って吉例の舞を披露し始めます。やがて、可憐な舞を踊る弥生は、祭壇に祀られた獅子頭を手にします。すると、獅子頭が自然と動き出し、これに誘われるよう に弥生は姿を消してしまいます。やがて、胡蝶が舞居戯れるところへ勇壮な獅子の精が現れ、獅子の狂いを見せた後、獅子の座へと直るの でした。
前半は可憐な女小姓、後半は勇壮な獅子の精とを踊り分けが最大のみどころとなる、格調溢れる長唄舞踊の大曲をお楽しみください。

 

 

能・狂言・歌舞伎について

アメリカにおいて、能楽、狂言、そして歌舞伎が、同じ劇場の同じ舞台で、しかも同時に上演されると初めての公演となります。
これら三つの古典芸能が、同じ劇場の同じ舞台の上で同時に上演される機会は、日本においてもなかなかあることではありません。それはこの三つの芸能の成り立ちが影響しています。

先ず能楽ですが、この芸能が大成されたのは14世紀後半のことでした。観阿弥、世阿弥という名人の父子によって、現在へ続く能楽の現在のスタイルが確立されました。世阿弥は時の権力者である足利将軍家の庇護を受け、能楽を発展させました。これは西洋におけるオペラとこれを愛し、保護した王侯貴族の関係と酷似していると言っても間違いはありません。能楽、そして、これと密接な関係にある狂言は、当時の日本の支配者階級であった公家や高級武士に愛好されました。1600年代になると、当時の日本政府に相当する徳川幕府は、能楽を幕府の式楽(パブリックな芸能)と位置付けました。これによって能楽の格式は最高のものとなり、豪商を除いて、一般庶民がこれに触れる機会は極めて少ないことでした。
これに比して、歌舞伎は江戸時代の庶民の最大の娯楽として生まれた芸能という歴史と特徴を有する芸能です。出雲阿国という女性が始めた歌舞伎踊という芸能がそのルーツで、絶えず、庶民と共にあり、庶民の楽しみを追及し、また彼らのニーズに合った作品を生み出すことに努めた歴史があり、現代もなお、文化財としての側面とエンターテイメントとして多くの観衆を魅了する活力を持った興行材という相反する性格を持った特異な芸能として内外の観客に愛されています。
このように歴史、またその価値も全く異なった経緯を辿って来た能楽、狂言、歌舞伎ですが、歌舞伎が能楽や狂言から受けた影響は非常に大きく、歌舞伎には能楽や狂言の作品を素材にした作品が多くあります。カーネギー・ホールで上演する歌舞伎舞踊はその最たる例であり、また、同じくカーネギー・ホールで上演される能の「土蜘蛛」、狂言師が演じる「三番三」を基にして生まれた歌舞伎の作品が多数あります。このように影響を与え合った芸能でありながら、この三つの芸能が同じ舞台で演じる機会が無かったのは、今申し上げた各々のルーツが大きく影響しています。その芸能が現代に至って、漸く、同じ舞台で同時に上演される機会が恵まれるようになりましたが、今回、アメリカで海外では初となるこれら三つの芸能の共演が実現する歴史的公演が、カーネギー・ホールにおける公演なのです。今日来場されておられる皆さまは、その歴史的瞬間を目の当たりする機会を得た人と言えるでしょう。
どうぞ、この絶好の機会を逃すことがないよう、そして、ご友人をはじめ、多くの方々と共に、その歴史的瞬間を体感して頂きたいと思います。

 

 

■ 開 催 地

 

 

 

 

■ アクセス